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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)870号 判決 1972年11月30日

主文

理由

上告代理人阿部一雄の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎないものであつて、採用することができない。

同第二点について。

原審は、被上告人と上告人舟山重吉との間の上告人ら主張の建物等の売買契約において、上告人舟山重吉は、手附金一〇万円を被上告人に支払い、残代金一二五万六〇〇〇円は昭和三七年三月三〇日までに支払うことを約し、被上告人は、右残代金の支払と同時に右建物等を同上告人に引渡すほか、被上告人が賃借中の建物敷地につきその所有者から同上告人のため同土地の転貸もしくは賃借権の譲渡についての承諾を得ることを約し、また、被上告人において右契約上の債務を履行しないときは受領した手附金の倍額を同上告人に支払う旨の特約がなされた事実、ならびに上告人舟山重吉は右残代金をその支払期限までに支払わなかつた事実を確定したうえ、(一)被上告人が右土地所有者の承諾を得る義務につき履行期が定められたこと、および上告人舟山重吉が被上告人の債務不履行を理由として契約解除の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はなく、(二)かえつて右手附は解約手附と解されるところ、同上告人は右手附を放棄して暗黙に売買契約を解除したものであり、(三)かりにそうでないとしても、被上告人が右建物敷地の賃貸人から承諾を得ることが客観的に不可能であつた事情は認められないから、前記手附金は上告人舟山重吉の残代金支払債務の不履行によつて放棄されたものとみるべきである旨を説示している。

右の(一)については、建物の売買契約において、売主の建物引渡義務と買主の残代金支払義務とが同時に履行されるべきものと定められ、かつ、当該建物の敷地を賃借している売主において、買主のため、右敷地につき賃借権譲渡もしくは転貸の承諾を得る義務を負担するときは、他に特段の事情が認められないかぎり、承諾を得る義務もまた残代金の支払と同時に履行すべきものと解するのが相当であり、また、原判決摘示の成立に争いのない乙第五号証によれば、上告人舟山重吉は被上告人に対し右承諾を得る義務の履行を催告すると同時に、被上告人が右催告にかかる期限までに承諾を得ないことを停止条件とする売買契約解除の意思表示をしたことが窺われるにもかかわらず、なんら特段の理由を示すことなく、上告人舟山重吉が契約解除の意思表示をしたことを認めるに足る証拠がないと判示した点に経験則違背の違法があるというべく、右(二)については当事者の主張しない契約消滅事由を認定した違法があり、さらに右(三)については、上告人舟山重吉の残代金支払債務が被上告人の建物引渡等の債務と同時履行の関係にある以上、残代金支払期日の経過によつて当然には履行遅滞とならないものであるにもかかわらず、同上告人の右債務が遅滞に付せられた事実につきなんら認定することなく、同上告人の残代金支払債務が不履行となつた旨を判断した点に、民法四一五条、五三三条の解釈・適用を誤つた違法があるというべきである。

しかしながら、被上告人において建物敷地の賃貸人から前記承諾を得る義務が、前述のとおり、上告人舟山重吉の残代金支払債務と同時履行の関係にあると認むべき本件においては、同上告人は被上告人の右債務を履行遅滞に付するか、もしくは、被上告人の債務の履行が不能であるときにのみ、被上告人の債務不履行による約定損害金債権を取得するものと解すべきところ、同上告人が被上告人の債務を遅滞に付するため自己の残代金債務の履行を提供したことについては主張も立証もなく、被上告人の右債務が履行不能でないことは原判決が適法に確定しているところであるから、上告人舟山重吉が前記売買契約に基づく約定損害金債権を取得し、これを自働債権として被上告人の本訴請求債権の一部と対当額につき相殺した旨の上告人らの主張は、結局理由がないことに帰着する。

してみると、原判決の前示の違法は判決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるから、所論中右の違法を主張する部分は、結局、理由がないというべきである。なお、所論のうち、合意解除による不当利得返還請求権を主張する部分は、上告人らが原審において主張しないところであり、また、原審が証拠を排斥するにつきその合理的根拠を示さないと非難する点は、証拠の採否につきその理由を一々説示することは必要でないから、所論はいずれも理由がない。それゆえ、論旨はすべて採用することができない。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岩田 誠)

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